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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3662号 判決

原告

諸橋隆道

被告

幸福交通株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告幸福交通株式会社(以下「被告幸福交通」という。)は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成三年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)は、原告に対し、金一六一五万円及び内金二四〇万円については平成三年一二月一四日から、内金六九〇万円については平成三年一一月一日から、内金六八五万円については平成五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原動機付自転車を運転中、駐車車両に追突して傷害を負つた原告が、駐車車両の所有者に対し、自賠法三条に基づき損害賠償請求(一部請求)するとともに、原告が所得補償保険契約、自家用自動車総合保険契約を締結している保険会社に約款に基づく保険金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生(原告と被告幸福交通との間では争いがなく、被告東京海上との間では甲一、五)

(1) 発生日時 平成三年四月一三日午前五時ころ

(2) 発生場所 大阪市北区中津七丁目一〇番先路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 加害車両 被告幸福交通所有、訴外田渕義明(以下「田渕」という。)運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)

(4) 被害者 原動機付自転車(以下「原告車」という。)を運転していた原告

(5) 事故態様 本件事故現場に駐車していた被告車に原告車が追突したもの

2  原告の受傷(甲二三ないし二五)

原告は、本件事故により、左血胸、頭部外傷Ⅱ型、肺損傷、左股関節脱臼骨折、左第六ないし第九肋骨骨折、外傷性横隔膜ヘルニア、脾損傷、左座骨神経損傷、左膝内障の傷害を負い、行岡病院で平成三年四月一三日から同年一一月三〇日まで入院し、同年一二月一日から平成五年六月二四日まで通院して治療を受けた。

3  被告幸福交通の責任原因

被告幸福交通は、被告車の所有者であり、運行供用者である。

4  保険契約の成立

(1) 原告と被告東京海上との間で平成三年二月一日付で就業不能時(なお、就業不能が開始した日から七日間は免責期間として保険金は支払われない。)に月額三〇万円の保険金支払を上限とする所得補償保険契約(保険証券番号五一二五四一九七七九)を締結した。

(2) 原告と被告東京海上との間で平成二年一二月一日付でフアミリーバイク特約付の自家用自動車総合保険契約を締結した。

(3) 本件事故は右(1)、(2)の保険期間内に発生した。

二  争点

1  被告幸福交通の免責の可否

(1) 被告幸福交通

本件事故は、片側四車線の新十三大橋のほぼ中間点において発生したものであるが、本件事故現場は、直線、平坦で極めて見通しのよい道路上であり、道路左側に照明灯が設置され明るい場所である。被告車はテールランプを点灯したうえ、ハザードランプも点灯していたから、後方進行車両が前方を一見さえすれば、被告車の発見は容易であつた。しかも被告車は道路左端に停止していたのであるから、第一車線の右側にも余地があり、四車線で他に進行車両もなかつたから、少し右側に車線変更すれば事故は回避し得たにもかかわらず、原告が飲酒のため正常な運転ができないのに原動機付自転車を運転し、身を伏せて殆ど前方を見ず、あるいは五、六メートル先の至近距離しか見ないで運転していたため発生したものであるから、本件事故は原告の一方的過失により発生したもので、田渕には何ら過失がなく、また、被告車には構造上の欠陥、機能の障害もないから被告幸福交通は自賠法三条ただし書により免責されるべきである。

(2) 原告

本件事故は、原告が戻り寒波の中の夜明け前の暗い十三バイパスを風を避け、前屈みで原動機付自転車を運転中、前方走行車線上に一〇分程度違法駐車をしていた被告車の発見が遅れ、右に転把して避けようとしたが、避け切れず、被告車に衝突して発生したもので、田渕には駐車違反の過失があり、被告車の保有者である被告幸福交通は自賠法三条により原告の損害につき賠償責任を負う。

2  損害額(原告と被告幸福交通間)

3  所得補償保険金支払義務の免責の可否

(1) 原告

原告は、本件事故により平成三年四月一三日から同年一二月一三日まで八か月にわたり休職を余儀無くされたものであるが、原告の月収は一か月三〇万円を上回るものであつたから、七日間の免責を考慮すると、被告東京海上は二三三万円の保険金支払義務を負う。

(2) 被告東京海上

所得補償保険は被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で、自動車または原動機付自転車を運転している間に生じた事故によつて被つた傷害による就業不能は保険金を支払わないこととなつている(所得補償保険普通保険約款第四章一〇条二項一号)ところ、原告の原動機付自転車の運転は右に該当するので、被告東京海上の保険金支払義務は免責される。

4  自家用自動車総合保険の自損事故条項による支払義務、免責の可否

(1) 原告

原告の締結した自家用自動車総合保険についてはフアミリーバイク特約があるため、原動機付自転車に関する「賠償損害」担保特約(以下「原付特約」という。)が適用され、原告は自損事故条項により、後遺障害保険金、医療保険金の支払を受けられるものであるところ、原告には後遺障害として脾臓摘出、左下肢神経症状、下肢の機能障害、下肢の露出面の醜状痕が残存したものであるから、後遺障害保険金として同条項六条〈3〉(3)により後遺障害等級表第七級に定める五八五万円が支払われるべきであり、医療保険金として入院一日につき六〇〇〇円、通院一日につき四〇〇〇円が支払われるべきところ前記入通院日数に照らすとその上限である一〇〇万円が支払われるべきである。

(2) 被告東京海上

〈1〉 自損事故条項による保険金は、原告に自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合に支払われるものであるところ、原告は、被告幸福交通に対し自賠法三条に基づき損害賠償を請求しているものであり、被告幸福交通がこれにより損害賠償責任を負えば、被告東京海上は保険金支払義務を負わない。

〈2〉 仮に、原告に自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合でも原告は酒酔い運転をしていたものであり、自損事故条項三条〈1〉(2)により被告東京海上の保険金支払義務は免責される。

5  同じく搭乗者傷害条項による支払義務、免責の可否

(1) 原告

原告の締結した自家用自動車総合保険についてはフアミリーバイク特約があるが、原付特約三条〈1〉によれば、原動機付自転車を被保険自動車とみなして、被保険自動車について適用される他の特約を含み適用する旨規定しているもので、搭乗者保険として前記後遺障害につき後遺障害等級表第七級に定める後遺障害保険金四二〇万円が支払われるべきであり、医療保険金として入院一日につき一万五〇〇〇円、一八〇日を限度として二七〇万円が支払われるべきである。

(2) 被告東京海上

〈1〉 本件自動車保険契約の原付特約において、搭乗者傷害条項は対象となつていないから、被告東京海上は保険金支払義務を負わない。

〈2〉 仮に、搭乗者傷害条項の適用があると仮定しても、原告は酒酔い運転をしていたものであり、同条項二条〈1〉(2)により被告東京海上の保険金支払義務は免責される。

6  自損事故条項、搭乗者条項による保険金請求権の消滅時効(被告東京海上の予備的主張)

(1) 被告東京海上

保険金支払義務は二年の時効により消滅するところ(商法六六三条)、本件事故は平成三年四月一三日発生したものであり、原告は所得補償保険金請求を除き、その余の自損事故条項、搭乗者事故条項に基づく保険金支払請求を提訴したのが平成五年八月一六日であり、本件事故発生日から二年を経過していた。被告東京海上は右時効を援用する。

(2) 原告

争う。

第三争点に対する判断

一  被告幸福交通の免責の可否

1  証拠(甲五ないし七、乙三、六、丙三、検乙一、二、証人田渕、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、別紙図面(以下、地点の表示はこれによる。)のとおり南北に延びる国道一七六号線バイパス(以下「国道」という。)の淀川にかかる新十三大橋の中間付近である。本件事故現場付近の国道は、北行四車線の一方通行となつており、両側に歩道が設置され、最高速度は時速五〇キロメートル、駐車禁止の規制がされたアスフアルト舖装の平坦な道路であり、見通しは良く、車道幅員は左寄、右寄車線が各三・四メートル、中央の二車線が各三・三メートルであつた。

(2) 本件事故当時の大阪市中央区大手前所在大阪管区気象台における観測結果では、降水量は〇、風速秒速二・九メートル、風向は北東であつた。

本件事故後、午前五時二五分から午前六時までの間に実施された実況見分の際の天候は曇であり、三分間の通行車両は五台であつた。

(3) 田渕は、被告車を運転して本件事故現場に至つたが、左寄車線の左端に右側の通行余地を一・二メートル残して、テールランプ、ハザードランプも付けて〈ア〉点に停止し、煙草を吸つたり、日報を見たりしていた。その間右後方からの後続車が被告車を追い抜いて行つていた。付近には街灯もあつて明るい状態であつた。

(4) 原告は、原告車に乗つて、新十三大橋の左寄車線左端を、衝突地点手前約一三七メートル付近からは左端の縁石を見ながら伏せるようにして時速四〇キロメートルの速度で北進し、衝突地点手前六・七メートルに至つて初めて停止中の被告車を発見し、右ハンドルを切つたが及ばず、被告車に〈×〉地点で衝突し、原告は〈2〉点、原告車は〈3〉点に転倒した。

原告車は前部が大破し、ハンドル取付け部から折れる等の損傷を、被告車は右後部バンパー・制動灯・方向指示器等が割れる等の損傷を受けた。

(5) 本件事故後、原告は、救急車で行岡病院に搬送されたが、同病院のカルテには「意識、言語とも明瞭で、仕事先からの帰りにビール五、六本飲酒した、アルコール臭(++)」との記載が存する。

以上の事実が認められる。

2  ところで、原告は、本人尋問において「本件事故前には小さなグラスに二杯ビールを飲んだ程度で原告車に乗つて帰宅途上、新十三大橋に差し掛かり、道路左端を左側の縁石を気にしながら、寒かつたので少し伏せて走つていて、顔を上げたところ五、六メートル前方の左側車線に停止中のタクシーを発見したがブレーキをかける間もなく、右に逃げたが衝突した。事故前の速度は時速四〇キロメートルであつた。事故後の記憶はなく、記憶が戻つたのは一週間か一〇日位後であつた。」と供述するところ、原告は、事故直前の走行状況については、本件訴訟前には、当日は風が強く呼吸がしにくいのでほんの一瞬うつむきかげんになり、そのあと顔を正常の位置に戻した眼前に被告車があり、そのまま激突したとしていた(乙一〇、一四)にもかかわらず、本人尋問においてその供述を変遷させていること、また、飲酒の点についても、前記カルテの記載が、第三者的立場にある医療機関の医師の指示に基づいて記載されたものであり、意識、言語状況について不実の記載がされることは考えがたく、また、仕事先からの帰りにビール五、六本飲んだとの記載も患者である原告自ら申告しない限りなされるはずもなく、アルコール臭についても、医師の判断で++と記載されているもので、原告の飲酒程度は決して軽度のものではないというべきであるから、原告の右供述部分は採用することができない。

また、その証言により原告が勤務していたクラブダーリンのチーフマネージヤーであることが認められる証人佐々木宏幸は、本件事故当日仕事終了後の午前三時三〇分ころから午前四時三〇分ころまで原告が指導して店員五、六人と武道の練習をした後、小さいグラスに二杯程度ビールを飲んだ後帰宅したと証言するが、前記認定のとおり、原告は行岡病院に搬送された際、意識、言語とも明瞭の状態でビールを五、六本飲んだと申告していること、証人と原告の身分関係に照らすと右証言を採用することはできない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右事実によると、原告は、風もさほど強いわけではないのに、顔を下に向けて、時速四〇キロメートル程度の速度で進行し、本件事故現場付近は見通しも良く、明るいにもかかわらず原告車を直前まで発見することもなく、当時の通行量からすると右に避けて進行することは十分可能であつたにもかかわらず、停止中の被告車に衝突したもので、その走行状況は不自然極まりないものであつて、前記飲酒程度に照らすと、酒酔いのため正常な運転ができないため本件事故が発生したものと認めるのが相当である。

確かに、被告車は駐車禁止場所に停止し、停止時間も乙六によれば、田渕の証言の二、三分を超え、駐車違反となる可能性も認められるが、前記道路状況、交通量、他の車両の走行状況、原告車の走行状況に照らすと、本件事故はもっぱら原告の過失により発生したものと認めるのが相当であり、田渕が被告車を停止させていたことを本件事故発生についての過失と認めるのは相当でない。

また、弁論の全趣旨によると、被告車には構造上の欠陥、機能の障害がなかつたことが認められる。

右によれば、被告幸福交通の自賠法三条による損害賠償責任は同条ただし書により免責されることになる。

4  右の次第で被告幸福交通の損害賠償責任は免責されるので、原告の損害額(争点2)について検討するまでもなく、原告の被告幸福交通の請求は理由がない。

二  所得補償保険金支払義務の免責の可否

前記認定によると、原告が酒に酔つて、正常な運転ができないおそれがある状態で原動機付自転車を運転して事故にあつたというべきであるから、所得補償保険普通保険約款第四章一〇条〈2〉(1)により、被告東京海上は免責されることになる。

三  自家用自動車総合保険の自損事故条項による支払義務の存否、免責の可否

前記のとおり、被告幸福交通が自賠法三条の責任を負わないものであるから、原告は被告東京海上に対し、原付特約四条〈1〉により自損事故条項に基づく保険金の支払を求めうるものであるが、前記認定によると、原告が酒に酔つて、正常な運転ができないおそれがある状態で原動機付自転車を運転しているときに生じた傷害に対する支払請求であるから、原付特約六条、自損事故条項三条〈1〉(2)により、被告東京海上は免責されることになる。

四  同じく搭乗者傷害条項による支払義務の存否、免責の可否

原付特約三条〈1〉には「当会社は、被保険者が所有、使用または管理する原動機付自転車を被保険自動車とみなして、被保険自動車の保険契約の条件に従い、普通保険約款賠償責任条項(被保険自動車について適用される他の特約を含みます。)を適用します。」、また、同特約四条〈1〉には「当会社は、被保険者が正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の原動機付自転車を被保険自動車とみなして、被保険自動車の保険契約の条件に従い、普通保険約款自損事故条項(被保険自動車について適用される他の特約を含みます。)を適用します。」との規定がされているのみで(甲二八)、原付特約は、被保険自動車に付されている対人賠償保険、対物賠償保険(何れも賠償責任条項)、自損事故保険の三つの担保種目に限つて原動機付自転車にも適用されるだけであり、右条項の括弧内の特約とはその規定のされかたから賠償責任条項及び自損事故条項に関する特約をいうに止まるものである。

従つて、その余の点を検討するまでもなく、原付特約により搭乗者傷害保険を請求する原告の主張は採用できない。

五  自損事故条項、搭乗者傷害条項による保険金請求権の消滅時効(被告東京海上の予備的主張)

前記のとおりで、自損事故条項、搭乗者傷害条項による被告東京海上の保険金支払義務は免責されるから、この点については判断するまでもない。

六  まとめ

以上によると、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとする。

(裁判官 髙野裕)

別紙 〈省略〉

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